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2013-11-27

ごちりとうさん (33)

知らない土地にやってきて、不慣れな文化で家事一切をおこなう嫁に対する悠太郎さんの態度はどうか、といえば、僕はいまのところ妥当だと思います。

10年もねじれ続けた関係に対してのめ以子からの「こうしたほうがいい」という一方的な断罪はちょっと無茶です。西門家はいわば戦争状態だったわけで、ドラえもんの有名なセリフを引用すると
「どちらも自分が正しいと思ってるよ、戦争なんてそんなもんだよ」なのです。
外からきた嫁だからとかじゃなくて、和枝姉さんの言うとおり「3ヶ月ほどいたくらいで」正しい解決に導けると考えるのは気が早すぎます。

では家のことは誰が決めるのか、め以子はそれを悠太郎さんに問いかけましたが、それは家長に決まっています。家のトップなのですから、決めるのは家長です。
だからこそ、トップは時に理非善悪を無視して判断することが使命となります。

ほるもん爺さん、すなわち西門家の父であった「師匠」は、それができなかったのです。
家族に問題が起こったとき、感情を封じた上での的確な判断ができず、自分の目に映る家族にとって一番いい方法を考えてしまったのです。そんな家長にはトップの判断をする資格も力もありません。去って当然でしょう。

そしてバラバラだった家族は、
「父は死んだと思おう」
という意見に一致することで一つにまとまったのです。

組織や家族のトップは相撲の横綱と同じです。その地位と責務を負った以上は、自分の立ち位置を他の人と揃える、おなじ目線で考えるなどということは許されません。横綱でいられないなら引退するだけです。

おそらく悠太郎さんは優しい判断をするでしょう。それは家長として失格の行為です。そうしてしまえば西門の家の看板は傷つきます。何がよいのかわるいのか、それは当事者にしかわかりません。

ただどこか「他人の家の出来事」として見られるのがこのごちそうさんという作品です。作品が淡々としているからこそ、視聴者は感情優先でドラマをみることができます。
これが、ごちそうさんが「現在能」であると考えている理由です。



この朝ドラは、「あなたならどう思うか」というきっかけを与えてくれています。
視聴者は何が正しいかではなく、「こう思う」「こう感じる」というふうにドラマを自分たちなりに受け取るだけの余裕があります。それはごちそうさんが分かりやすく単純な展開をしているからです。

たぶん、あまちゃんほどの情報量が多いドラマであれば、自分の感情を処理している暇を与えてもらえなかったでしょう。登場人物は少なく、うまく情報が間引きされているのも、いまのところごちそうさんが支持を受けている要因ではないかと思います。


2013-11-26

ごちりとうさん (32)

いやいや、ごちそうさんは楽しい。あまちゃんが恋しいとは思いませぬ。(劉禅)

という気分で朝ドラを楽しんでおりますおはようございます。今日はちょっと朝ドラと能楽の対比について考えてみました。

日本の伝統芸能である「能楽」には様々な演目がありますが、大きく分けて「夢幻能」といわれるものと「現在能」といわれるものに分類することができます。この分類でいいますと

あまちゃん=夢幻能
ごちそうさん=現在能

となるのではないかと思います。

あまちゃんという作品は、朝ドラと現実との境界線を「潮騒のメモリー」などを使ってボヤけさせて、見る人を夢見心地にさせる演出が特徴的でした。潮騒のメモリーはあくまで劇中で使われる架空の歌なのに、現実の世界においてもヒット作品として沢山の人に聞かれました。こうして視聴者をうまく朝ドラの虚構世界に誘ってしまうという、大変野心的な作品だったのです。

ごちそうさんは、いわば「義経と弁慶」もののように、いろんな人がよく知っているお話を題材にして、その活劇を描いていくという、現在能の姿に近いと感じます。ありきたり、お約束、または正統派、そういった道筋の上にある作品です。

ちりとてちんはどうなるのかというと、これは「複式夢幻能」という形態になると思います。複式夢幻能は前半は現実世界の出来事、後半は夢の世界の出来事で構成されており、後半になると、前半の出来事が何かをほのめかしていたというのがお決まりのパターンです。ちりとてちんの得意とする鮮やかな伏線回収は、まさに視聴者に夢か幻でも見たような心地にさせ、現実と落語の世界とがリンクして、「夢だけど、夢じゃなかった」という感動を与えてくれます。ほんとうによく出来た朝ドラです。

とりあえず、駆け落ちしたのが民子ではなく桜子だったので、ほっと胸をなでおろしています。

2013-11-25

ごちりとうさん (31)

西門家の秘密が明かされていくよりも、徐々にキャラが明かされていく希子ちゃんに心が傾きかけている筆者ですおはようございます。キャラクターが徐々に変化していくのは朝ドラの醍醐味の一つでもあります。

希子ちゃん役の高畑充希さんは、本業として歌手もやっているそうなのですが、劇中での設定でも美声の持ち主ということになっています。出身は東大阪市だそうですので大阪弁も全く問題ありませんね。

一時はめ以子さんに卑怯者呼ばわりされた希子ちゃんですが、末っ子というのはどこか覚めた目で回りを見ていることが多いようで、希子ちゃんも実はいろいろ見ていろいろ聞いていろいろ考えている、その考えが寡黙な態度から可愛らしい声で発されるところにオッサンキラーを感じます。ああ、順ちゃん最近出てこないなあ。

そのちりとてちんですが、竜雷太と渡瀬恒彦のやりとりが部分的に別のドラマになってたような気がします。迫力ありました。

たぶんあの呼吸で、草若師匠は一応の許可を天狗会長からとりつけた、ということになるのでしょうね。

小汚かった草若師匠は自ら髪の毛をさっぱりして、草々にも落語家らしい髪型にするようにと指導しています。ここからの草若師匠のファッションの変化にも注目です。

もう順ちゃん(民ちゃん)をほったらかして、希子ちゃんに浮気したのかと問い詰められそうですが、それはそうなのですが、これはあくまで浮気であるということを申し添えておきます。男は寂しがり屋ですのであまりほったらかしにしてはいけません。

2013-11-20

ごちりとうさん (30)

旦那 VS 幼なじみ  ファイッ

関西弁のまくしたてが素晴らしい、源太さん。この役者さんは泉州あたりの出身でしょうかと思って調べてみたらまさかの高知県土佐郡出身、特技はマラソンと土佐弁。箱根駅伝に出場経験があり、実業団の陸上部にも所属。陸上部が廃部となるのをきっかけに「俺、俳優になる」といって転身したという経歴だそうです。私と1歳違い。

すごいジェラスを感じます。

いままでノーマークでした。高知といえば源太さん、と言われるような俳優さんになっていくのでしょうか。益々これからが楽しみです。

悠太郎さん、反撃材料が少なかったので「嫁が可愛いから不安なんじゃ!」と開き直ってしまいました。まあ、剣幕でも負けていましたし、仕方ないですね。

歴代の朝ドラでの幼なじみキャラってどうだったっけなあ、と少し思い返してみています。

2013-11-19

ごちりとうさん (29)

ごちそうさんは「食べ物」のお話なんですが、着物も見どころが多いですね。

西門家は基本的に女性は和装なのですが、お静さんが着物道楽趣味という設定もあっていろいろな着物が楽しめるという役得もあります。

め以子さんはあれだけ身長があるので着物の仕立てもいろいろ工夫があるのだと思いますが、撮影現場ではその場で直しをしたりしながらやってたりするそうです。

私の祖父の昔の写真を見たことがありますが、外では洋装、家では和装、というスタイルが見られました。今考えてみると和装で台所仕事とか大変な話ですね。悠太郎さんは家ではくつろぎスタイルとして和服を着ていますが、和服が常のおなご衆は着物を着て着物を洗っていたわけですから、苦労が忍ばれます。

「ガスがついたから時間ができた」という言葉も女房目線で興味深いですね。炊事、洗濯、掃除、たぶんこれらは技術によって劇的に変化したのだと思います。そういうちょっとしたことを盛り込んでいるのはごちそうさんの丁寧さと言えましょう。

それにしても悠太郎さんがあっさり策略にはまりすぎているのは、ちょっと男心というものの描き方が雑ではないかと、私は気になりました。


2013-11-18

ごちりとうさん (28)

ごちそうさんの音楽は菅野よう子さんが担当しています。

菅野よう子といえば、信長の野望、三国志、大航海時代、歴史シミュレーションゲームの金字塔的ゲームの音楽を担当したことで知られています。

しかし、最近は違うようです。カウボーイ・ビバップの菅野よう子、攻殻機動隊SACの菅野よう子、朝ドラで言えば「梅ちゃん先生」のオープニングテーマの菅野よう子、となっているようです。

ごちそうさんの現状から言うと、曲のレパートリーが若干少ないのではないかと感じます。通称「木琴」と通称「ジョーズ」が繰り返し使われていて、他があまり印象に残っていません。

毎朝聞くものですので、もうちょっと幅が欲しいと思うのですがいかがでしょうか。

ゆず のテーマソングに関して言うと、「涙の川も海へとかえる」のあとで鳴るストリングスの「ぴろりぴぴろぴろり」のところが心地よくて好きです。


2013-11-16

ごちりとうさん (25・26・27合併号)

2日ほど抜けましたので、いつもより多めにしております。

私も三十路を通り過ぎ、和枝ねえさんだけでなく私自身から見ても、め以子の振る舞いにたいしていろいろと注文がつくような目線になってまいりました。朝ドラと共に人生のステージが進み、人は考え方も少しずつ変化してゆくものだということを教えてくれる素晴らしいコンテンツです。こんなに和枝姉さんに感情移入する日が訪れるとは思いもしませんでした。

和枝姉さんの考えというのは、明確に示されています。また、行動原理やそこに至る経緯も、示されています。今のところは西門の家と格を守り繋いでいくことへの執着がブレないので、あらゆるイビリやあらゆる嫌味に筋が通っています。め以子は若いので、一つ一つの注文に心が揺れます。これは幼馴染とのやりとりに示されていました。「わかってる、わかってるけど」それでも心が折れそうになります。自分の筋は「悠太郎さんんい365日美味しいものを食べさせたい」ですから、今は認められようという思いが先に立ちます。

一時期の朝ドラは、こういう局面においても現代っ子の明るさが古いしきたりを打ち破っていくという構図になっていました。「どんど晴れ」などがそうです。

時代が進むにしたがって考え方が新しくなるということが朝ドラの中に反映されている一方で、昔からの視聴者からの不興を買っていたのも事実ではないでしょうか。それは朝ドラ2000年代の低視聴率化に歯止めがかからなかった時期と重なります。

* * * * *

さて、その後朝ドラがいろいろと試行錯誤を重ね、「あまちゃん」のようなお祭り騒ぎ作品に至ることでとりあえず場を温めて和ませました。

そして次にやってきた「ごちそうさん」は、大変重要な役割を担っています。
朝ドラという延々と続く伝統のなかで、「朝ドラ家のしきたり」を参加者に伝えようとしているのかもしれません。

「ごちそうさん」は「おしん」みたいだという声が聞こえますが、私はおしんは見たことが無いので語ることができません。見たり体験したことがないことは書けないのです。

かつて、GLAYの作詞作曲を手がけるTAKUROは「自分自身が体験したこと以外は詞にはできない。だから『虹を渡って』とは言えないし書けないんです、虹を渡ったことがないから」というようなことをインタビューで語っていました。素晴らしい意見だと思います。

それはいいんですが、では「ごちそうさん」は現時点で朝ドラのターニングポイントとなる作品になるかといえば、答えは NOです。

ごちそうさんは「土曜日がある。土曜日があればなんとか話はまとめられる」という土曜日依存に陥っています。9回は藤川球児がいるから任せておけば大丈夫という、かつての阪神タイガースに似ています。

しかし、ごちそうさんはちょっとマズいところがあります。

ごちそうさんは、8回裏が終了した時点でスコアが0−0の状態で試合を藤川球児に託しているようなものです。ちゃんと点を入れてリードを奪ってから抑えに繋がないといけないのに、仮にゼロ点に抑えてもせいぜい引き分けという局面で藤川球児を登場させます。

朝ドラの場合それによって何が起こるのか。全てが土曜日に解決してしまう、という現象です。これが2000年台の朝ドラが陥っていたことです。もっと言えば阪神タイガースが陥っていた状態とも重なります。

戦力としては素晴らしいのに、日本一に届かなかった、阪神タイガースと大変状況が似ています。和枝姉さんという近年の朝ドラ稀にみるエースピッチャーを擁しながら、このままでは和枝姉さん頼みになり、抑えの土曜日依存が進み、ちょっとバランスのわるい状態になってしまうのです。

ハプニングが起こって大事になって、最後にめ以子がピシャっとしめてめでたしめでたし・・・・いや、半年の全体を通じてそれならいいかもしれません、しかし毎週それを見せられていてはちょっと困ります。

どうか、「土曜日で解決」という流れはあまり続けないで欲しいです。私が現時点でこの作品がターニングポイントに推挙できない理由です。

* * * * *

あまりにも宮嶋麻衣ちゃんが出てこないので、他に色気のある女性キャラクターはいないかと物色してみると加藤あいが目につきましたが、これまた全然画面に出てこなくなりました。どうも、ごちそうさんは登場キャラクターが少なめですね。女性に限らず、かなり限定されたキャストで物語を回してる感じがいたします。


* * * * *

ちりとてちんに登場する、徒然亭草原役の桂吉弥さん、本職の落語をするときはかなり抑えめに演じられているような感じがします。おそらく本気を出してしまうと草若師匠や草々の落語がちょっと弱くなってしまうからではないかな、と勝手に思っていますが。

ただ、やっぱり随所に挿入される回想シーンでの草若師匠の大きさ、暖かさ、迫力、どれを取っても上方落語四天王と異名をとるだけのことは感じてしまいます。ここまでの丁寧な描き方をごちそうさんに要求するのは酷かもしれません、なにせ相手が朝ドラ最強の作品ですから。でも、同シーズンに放送となったのも何かの縁です、おなじ大阪を舞台とする作品として今後は月曜から金曜までまんべんなく使って、朝ドラをやってほしいと願うばかりです。



2013-11-13

ごちりとうさん (24)

近藤正臣さんといえば、私にとっては大河ドラマ「龍馬伝」の山内容堂役が印象に残っています。重要な役どころではありますが、いかにも狡猾な殿様らしい演技が好きでした。

「ほうるもんじいさん」という役どころで登場してきましたが、これ、「どんど晴れ」視聴者には一発で「おいおい、このパターンかよ」と分かる展開ですね。

・過去を明かさない
・若い女性と一緒にいる
・その辺に住む子どもたちに勉強を教えてたり、なにかと世話をする

はいどう見ても奥田瑛二の役ですね本当にありがとうございます、という感じです。

これまでの流れから言えば、西門家と何か関係がある、っていうかお父さんやろこれ、と、どこまで知らんふりしておけばいいのか作者の意図がよくわからないのですが。

この作品、朝ドラらしいと思われつつも、朝ドラにしては作りが変則的なところがよくありますので油断はできません。油断はできませんが、どう考えてもお父さんです。

近藤さんは京都ご出身ということで、こんごのドラマの雰囲気作りにも一役担ってくれそうな重要な役どころの登場でした。

ちりとてちんの「寝床」のおかみさん、いいですね、こういう女性。こういう方がいる飲食店は良い店が多いと思います。たった一言、「酒くれ」「飲ますわけないやろ!」というやり取りでしたが、素晴らしいです。これだけで、ぐっと引き込まれます。言い方、言うタイミング、完璧でした。リアリティが増します。この場面この役にこのセリフを言わせるあたり、ちりとてちん作者は恐ろしいなあと感服いたします。

今日少し登場した民ちゃんに、まともに聞こえてくるセリフが無かったことについては問いません、そこにいるだけで可愛いからいいです。



2013-11-12

ごちりとうさん (23)

私が、日本の東西の食文化の差をもっとも感じたことの一つは、そばです。

東京には本当に沢山のそば屋があって、立ち食いそばの店もそこかしこに見かけます。始終すましたところがあっても、そば屋だけはどこか人間らしく佇んでいて東京のオアシスだと感じます。

仕事で東京に行った時によく宿泊するところの近くにも立ち食いそば屋があり、大変気に入っていました。私はちくわ天入りのそばが好きでそれをよく頼んでいました。何度も行くうちに色々なメニューがあることを見て、あるとき気になったので店の人に聞いてみたことがあります。
「ざるそば と もりそば、 何が違うんですか?」
見たところ、ざるそばにはきざみ海苔がのっていますが、もりそばには乗っていません。価格差は20円ぐらいでした。
お店のひとの答えはまさかの「さあー」でした。

そこで海苔のことを指摘すると「あー、そうですね、ざるそばには海苔がつきますね」という反応が帰ってきました。私はもうそれ以上は追求をするのはやめました。

中身が一緒でも、のってるものがが違えば名前が異なるのは面白いとおもいましたが、未だ決定的な「ざるそば」と「もりそば」の違いが私には分かっていません。そもそも西では「もりそば」というメニューを見かけたことがほとんど無いような気がします。

東西の食文化というよりも、育ちと環境の差に戸惑っている感があるめ以子さんですが、わからないことは一つ一つわかっていく、わからない場合は、そういうものか、と割り切る姿勢も持ったほうが疲れないのではないかというのは大人の意見で面白くないのかもしれません。

吉弥さんの顔が若いですね。やっぱり6年という歳月は人の顔つきを変えますね。

小草若の本名が「人志」だということがわかりました。さて、問題です。
草若以外に小草若のことをこの名前で読んでいるのは誰でしょう?

宮嶋麻衣さんは西の朝ドラによく出演しているのですが、東の方にはあまり馴染みがないのでしょうか?


2013-11-11

ごちりとうさん (22)

嫁いびりを決して正当化するわけではありませんが、和枝姉さんの言うことにはいちいち理があると思われるのが困ったところです。

ある意味、こういう話を今この時代にやっておかないと「師匠の噺が途絶えてしまう」のと同様、人の成長過程における大事なことが途絶えてしまうのかもしれません。現代的なやり方に変えられるものはかえつつ、姉さんの言っているようなことを留意して生きていく必要もあるのではないかと感じます。

時事的な話題となりますが、最近よく食品偽装のお話を聞きます。私はこれは、和枝姉さんが今日言った言葉が忘れられていることに、一定の理由があるのではないかと思います。「銭をかけたらなんぼでも美味しいものは食べられます」というのは、それをあらわしていると思います。

私達は「銭をかけたらなんぼでも美味しいものは食べられます」の、表面的な意味だけを捉えてしまっているせいで、食品偽装の問題がこれだけ問題化しているのではないでしょうか。良い食材を使っているということに対して、あまりに人任せにし過ぎなのではないでしょうか。

「ててかむイワシ」が「手を噛まない」というクレームに対して、何を感じるでしょうか。それがイワシという食材に対して何を求めているのか、食べる人本人の気持ちが鏡写しになっているような気がします。

イワシは「鰯」です。弱いので、すぐ痛みます。新鮮なうちに扱わないと味も風味も落ちてしまいます。手を噛むくらい生きが良いということを、かように表現したわけです。手を噛むかどうかを求めれば嘘ですが、美味しいかどうかを求めれば意味は違ってきます。

これに関しては言いたいことがあるのですが、「ごちそうさんと食品偽装」としてまた別に論じたいと思っていますので、あまり深追いしません。

和枝姉さんの表面的なイビリに動ぜず、是非め以子にも、銭をかけない美味しい料理というものを探し求めて欲しいとおもいます。

さて、ちりとてちんのほうですが、草々は師匠の落語を受け継ぐ、伝承していくという役割に異様な執着を持っています。伝統の継承というこのドラマのテーマの一つとして重要なエピソードです。

そして草若師匠は草々に対して「落語は、舞台に上がる演者一人で作るものではない。沢山の人の協力があって出来上がるものだ」ということを説教します。この人はどんな境遇にあっても「師匠」であることを止めません。それが「師匠業」を行う者のプロフェッショナルさですね。

宮嶋麻衣ちゃん演じる順ちゃんの家では焼き鯖を売っていますが、鯖も非常に足が早いですね。そう言われて、え?100メートル何秒?とか聞く人は意味を考えなおしてください。


2013-11-09

ごちりとうさん (21)

今週は両作品とも、王道の落とし方で土曜日を終えました。一件落着させておいて、次週へのきっかけを作って次週予告という黄金の方程式が揃い踏みしました。

それぞれの作品の留意点を見ておきましょう。

ごちそうさんは、巷では「嫁いびりドラマ」「大阪版渡鬼」「姉さん、もうやめて」などと言われているようですが、ちょっとまってください、これはあくまで「ものを喰らう物語」ですよ、そこを忘れないでください。

少々姉さんのイケズがすぎるからといって、そちらに目を奪われるのは「孔明の罠」にかかりに行くようなものです、冷静にお願いします。

ちりとてちんは、緻密な伏線が張られたドラマですが、今回「おじいちゃんのテープの声の主は、草若師匠だった」ことが判明しました。よし、一個回収!と思いますね、ちがいます、これは孔明の罠です。実はこれ二重伏線です。釣られないようにしてください。

それより大事なのは、草々の言ったこと「兄貴が1人に弟が2人」、まあこれは草若一門のことを言ってることは次週予告からも明らかです。

ただ問題は、あの文脈で喜代美に「兄弟は?」と聞かれてすぐに、実の兄弟のことではなく、一門の兄弟子と弟弟子のことを草々が答えた、ということです。草々は不器用で真っ直ぐな人だ、ということを踏まえればこれが重要な伏線となってきます。

私は6年振りにこのドラマをみるわけですが、こんな振る舞いまで計算されていたのだなあ、と、改めてその緻密さ、丁寧さに感服するばかりです。

今週は記事のアップが遅れたり、内容が乱れたりして申し訳ありませんでした。
それもこれも宮嶋麻衣ちゃんが画面からご無沙汰なのがいけないんですよ。


2013-11-08

ごちりとうさん (番外編・2) 「朝ドラ学部とは?」

「【朝ドラ学部】って何?」という疑問をもたれるかもしれないので、よく考えると説明を書いていなかったので改めて書き記しておきます。

朝ドラ学部とは一言でいいますと、「トークサロン企画」ということになるかと思います。トーク=お話をする。サロン=集まる、ということで、朝ドラについて話したい人が集まる、ということになります。

これを、「岩戸山ほぼ2畳大学」 に所属する「学部」という組織の体裁をとっているのが「朝ドラ学部」ということになります。他にも学部があり、それぞれのテーマをもって学部として活動をしています。

00年代にはこうした、講演・セミナー・勉強会 etc といった継続的な集まりのことに、それっぽい組織名をあてて、さもそういう場所があるかのように言う、という傾向があちこちで見られました。それに近いのかもしれないです。

「朝ドラ学部」や「岩戸山ほぼ2畳大学」は特に決まったキャンパスや研究室を持っているわけではありません。活動はといえば、ときどきTwitterを通じて朝ドラに関しての情報や考察を共有していたりもします。

といっても、学術研究といえるようなことは特にしていません。日々ぼんやり朝ドラのことを考えていることを「研究する」ということになぞらえて言っているわけです。私のプロフィールは見て頂いてのとおり只の風呂好きな男なのですが、ただ単に朝ドラを見続けているという理由だけで参加させてもらってるようなものです。

朝ドラについて話したりするときの切り口は、参加者皆それぞれにバラバラです。一つの朝ドラを複数の視点から語ると、また違った発見や解釈ができる、そんなちょっとしたワクワク感を楽しむ遊びである、と考えてもよいのかもしれません。

朝ドラ学部はたまに「授業」をやります。それが上記の「ほぼ2畳大学」の活動日にあたります。今のところ次回授業日は未定なのですが、授業は公開で行われますので、朝ドラに興味がある方や、ただ単に話を聞いてみたいという人でも参加できます。

よろしければ、岩戸山ほぼ2畳大学の活動情報(Twitter) などもご覧いただければと思います。

地道に活動していれば、いつか宮嶋麻衣さんが特別講師をしに来てくれるという希望だけは捨てずに歩んでいきたいと思います。


2013-11-07

ごちりとうさん (20)

なんと20回も続きました。
記念に関係ないこと書きます。

ちりとてちんが放送されたのは6年前です。6年前っていったら、あぁた 、私20代ですよ。ちりとてちんが始まったぐらいにちょうどトルコにイスケンデルケバブ食べにいってましたよ。

いま使ってるガラケーに機種変更したのはその時ですね。まだ使ってるのですがボロボロです。

プリングルスにはまったのもその頃です。最近は味覚が変わってプリングルスは食えません。

なんていうか、時の経つのは早いですね。その頃よりビール飲むようになりました。

まだ自転車には出会って無かったですね。

その頃はまだ黒川芽以がベストオブ朝ドラ俳優でした。

そしてその座はこの時以来、宮嶋舞衣さんです。


2013-11-06

ごちりとうさん (19)

日本よ、
これが朝ドラだ


※嫁小姑関係の考え方には個人差があります と、ことわりを入れた上で、
姉さんの行動は意地悪なのですが、朝ドラ的に読むとここは、性格が昆布のようにねじれているということよりも大事なことがあります。それは、和枝姉さんの度量は「せっせとぬかをほかしているところを目撃される」という、その程度の浅さと、詰めの甘さであるということが今日語られたところにあります。

「西門の味を教えてください」と請うめ以子に対して「その言葉を待っていました」という貫禄を見せました。これによって我々は「この人物にはもっと長くて深い狙い目が設定されている」と読みます。

め以子が庭に鶏スープがほかされているのを目撃しますが、この時点では証拠はありません。フェイクの可能性も頭に入れて読み進める必要があるのです。

ところが同日のうちに、姉さんが庭にウンチングスタイルでぬかを壺からかき出して、それをめ以子に制止されて尻もちをつきます。これは「小者のふるまい」だと思えます。ここが今日のハイライトではないでしょうか。

相変わらず姉さんイビリは続いていきますが、この人物設定はだいたい見えてきましたので、め以子の超える山は非常に高いですが、ピークは見えてきているかもしれません、頑張ってください。

ちりとてちんのほうは、お母ちゃん(糸子)がお日様のような温かみと大きさを見せつける日でした。この人の度量はいまだ底が見えません。視聴者はその深すぎる糸子に、いずれ涙することになるでしょう。楽しみにしてください。

「懐の深さ」はちりとてちんで宮嶋麻衣ちゃん演じる順ちゃんにとっても、大きなキーワードです。冷静沈着で「何が起こっても天災、天から来た災いやと思ってあきらめる」という深さを見せる順ちゃんが・・・・あ、いや、やめておきます。

喜代美が草々の「次の御用日」を「聴いてられない、聴くのが辛い」と感じるように、みなさんも明日は姉さんのどんないじめがあるのかと不安で見ていられないかもしれませんが、明日も楽しみに見てみることにしましょうね。


2013-11-05

ごちりとうさん (18)

め以子さんには気の毒ですが、がんばっておくんなはれと言うしかありません。

そして、とうとうボロがでてきてしまいましたね。め以子のことが?いいえ。

ちりとてちんと並走していると、ごちそうさんのドラマの雑さが際立っています。

喜代美はおじいちゃんの命日にあわせて帰省します。それに絡めるエピソードが非常に綺麗であり自然になっています。おじいちゃんに会いたいという気持ちと、スピード失恋の痛手でその場にいられない、この2つの主人公の気持ちがドラマ的でありながら自然な形で主人公を小浜に移動させています。

ごちそうさんは、ちょっとそこんところが雑です。

醤油の色が違う、味噌の味が違う、出汁のとり方が違う、これらの知識はいずれも東京と大阪の食文化の違いとして繰り返し使われる「記号」です。100年たった今でもまだ言う人がいます。ですが、月曜と火曜のわずか2日にこれらの記号をザルからひっくり返したみたいに流し込んでおいて、これ、ちゃんと回収できるんですか?
大阪は東京とは味が違います、っていうことが言いたかっただけと違いますやろね。

やるんなら、なぜ醤油の色は薄いのか、それをあとから回収しつつ異文化理解と家庭内の問題に向き合うというエピソードをきちんと語ってもらいたいです。そうでないとただ文化の違いを描くためだけの「捨て記号」になってしまいますから。

ちりとてちんには、こういう「捨て記号」的なものはほとんどありません。タイのアラですら料理に使い尽くす、そういう脚本作りがなされています。

どうしてこんな苦言を言うかといいますと、以前「米は音で研ぐ」ということを母親からめ以子に教える下りがありました。そして、悠太郎さんが寝込んでいる時にめ以子が米を研ぐ音を悠太郎さんが聞いていました。

ここが回収ポイントです。ここでその教えをを再び登場させて使うと効くんです。

なのに何故、ドラマを打ち込まないのでしょうか?どう考えても「米は音で研ぐ」に関しての物語をフルスイングでかっとばすところではないですか?脚本家は何をやってるんですか?それとも演出家が脚本の意図をきちんと読み込めていないんですか?

め以子と姉さんよろしく、意思疎通ができていないんと違いますか?お互いのこと嫌いなんですか?

め以子の西門家での振る舞いもそうなのですが、ごちそうさんのドラマ自体も、大阪での新展開がガサツです。丁寧にビルドアップしていってほしいと思います。警鐘の意味を込めて書かせて頂きました。

内容はというと、「こんなこと、今の時代にはありえへんわ」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、そんなことはありません。今なら、

嫁ツイート「ちょw、うちの小姑がお膳ひっくり返してんけどwwwありえへんwww(写真付き)

小姑(スマホをみせながら)「これはなんだす?」

嫁「う・・・・」

小姑「お友達にリツイートさせてもらいます」

嫁「あっ・・・」 → 炎上 

NHKキャスター「・・・ということが大阪でおこったのですが」

解説者「これはネットの弊害ですね。これからは家庭内で起こったこともネットには流さないようにして身を守ることが必要です」

という事案が起こっても不思議ではありません。

私も心苦しいですが、今日はちょっと小言を言わせてもらいました。
ちょっとまわりくどかったかもしれません。
いつも言いたいことズバッと言えるのは順ちゃんぐらいです。




2013-11-04

ごちりとうさん (17)

大阪にやってきため以子は、大方の予想通りあまり歓迎されてはいないようです。
でも、「主人となる男性より先に家に上った」などといったことは、口実に過ぎません。気に入らないものは気に入らない、それだけが理由なのです。

フリーライター奈津子さんも言っていましたが、容姿が綺麗だというのは看板に過ぎないそうです。「肉じゃが女」を毛嫌いする奈津子さんは家事全般が苦手なため、それが原因で振られてしまったという過去があるようです。つまり、奈津子さんという存在を解読すると「容姿が綺麗で仕事も自立して行えていても、家事ができなければダメな女」ということになります。奈津子さんはそういう存在として描かれています。

喜代美は家事に追われて家族のためだけに生活しているような糸子(母親)のようになりたくない、といって奈津子さんのいる大阪に出てきたわけですが、その大阪で恋をします。しかし奈津子さんは、恋の果てにある「男性は女性に何を求めているか」という苦い経験を提示します。

さて、ごちそうさんはどうでしょう。ご飯を1日3回炊くのはもったいない、贅沢だ、とかそういういうことは、やはり「口実」に過ぎないのです。もともと気に入らないから、気に入らない理由を探しているのです。朝、ランニングに行こうと思っても、天気が悪かったら「雨が降りそうだから」という理由で二度寝する、そういう類のものなのです。

現代からみれば、ごちそうさんの大正時代の風習というのは古いものですが、よそ者に対して冷たいという潜在的な感覚は、今昔問わず、少なからずあるのだと思います。古い習慣で人をいじめるのは良くない、それはそうなのですが、古い習慣にもリスペクトをはらうことによって、そういう潜在的な嫌悪の感覚を和らげられるんだよ、と考えられたコミュニケーションの術なのかもしれません。20年30年と別々の人生を歩んだ者同士が、完全に価値観を揃えることは不可能に近いわけですから。

おいしいものを食べる、それは皆を幸せにする大切なことです。しかしながら、「おいしいものが全てを解決する」という論法は、朝ドラにおいては駄作フラグとなります。「明るく前向きなヒロインの行動が、いろんなことを解決していく」のは、ダメ作品への第一歩です。その方式を極端な形で実践した「ウェルかめ」は史上最低作とも呼ばれています。

「おいしいものは皆を幸せにする」のと同じくらい「家には家の決まり、考え方、価値観がある、それによって家族はまとまる」を扱わないと、朝ドラ作品としてはバランスが取れません。悠太郎さんの家族による、め以子への態度というのは、別に古いしきたりを礼賛しているのではないのです。この関係性を引っ張っていくこと、料理の手順で言えばそれが朝ドラの「フォン(出汁)」をしっかり取っていく期間なのです。

グローバル時代を生きる人間にとっては、かったるい事してるようにみえますが、ここでしっかりと家族が揉めていただいて、険悪になっていただいて、四面楚歌になっていただいてと、朝ドラのフォンを煮出しておかないと、あとあとの味が定まりませんので、じっくりコトコト大阪イビリを楽しんでいくことにしましょう。私は個人的にはこの展開にワクワクしております。

今日の順ちゃんの「しらんがな(´・ω・`)」は切れ味バツグンでした。


2013-11-02

ごちりとうさん (16)

ごちそうさんは、東京編が終了、大阪へと舞台が移ります。
ちりとてちんは、辻占茶屋が終了、またしてもエーコがビーコに立ちはだかります。

これで両作品とも舞台が大阪になるわけですが、ちりとてちんは大阪天満宮を中心に、天神橋筋や谷町筋など大阪の東寄り、ごちそうさんはまだ良くわかりませんが、なんとなく黒門市場っぽい雰囲気とか、ミナミのほうという雰囲気がします。

さて、重複登場人物もいろいろと出てきます。宮嶋麻衣ちゃんとおなじく朝ドラ出演4回目を誇る重鎮・キムラ緑子さんが登場、め以子をいびってくれそうな雰囲気です。この方はちりとてちんでは仏壇屋の菊江さんを演じています。菊江さんが小草若をなんと呼んでいるか、そのあたり次週以降注意してみていただければと思います。

そして、ちりとてちんの「一発キャラ」の中でも何故か異様に人気の高い、
あわれの田中が、ごちそうさんに登場です!!

徳井優さんという俳優ですが、なんと朝ドラ登場回数6回目を誇ります。
関西の方には「勉強しまっせ引っ越しのサカイ」が一番お馴染みなのではないでしょうか。

さて、ごちそうさんに登場の室井さんも大阪にやってくるようですね。室井さん演じる俳優さんのTwitterからですが、この写真が話題になっています。



このヒゲに注目すると、いまの室井さんからすると、おヒゲが立派になっていますね。ひょっとして室井さんは文豪になっていくのではないかというマニアックな分析が出ています。辻占茶屋ぐらいマニアックな情報ですので、話半分ぐらいに聞いておいたほうがいいとおもわれます。

そんなわけで、今週も土曜日が終わりました。
月曜日は祝日ですがいつも通り朝ドラはありますので、みなさんお見逃しのないように。

民ちゃんは大阪にけえへんのかねー。


2013-11-01

ごちりとうさん (15)

いろいろ明言回です。

徒然亭草若「不器用でええやないか。不器用なやつほど稽古する。
たくさん稽古するやつは、上手になる。」

め以子のお父さん「あいつ・・・・どんどん変わっていくんですよ」

朝ドラの本質は「人の成長」ということにつきます。不器用なくらい、その本質からは外れないのです。

視聴者を楽しませるために、いろいろな変化をしながら続いています。それでも結局半年経てばリセットされ、別の本質を持った人物がどんな人生をたどるかを楽しみに見るのです。

人間って自分では成長したと思っても本質的にアホやな、ということを芸と笑いにしたのが落語なので、
徒然亭草々(前口上)「男というのは、分かっていても女に騙されるもんで」
というセリフが理解できれば立派な大人ではないでしょうか。

自分には手の届かない存在で、いずれこのブログをみた宮嶋麻衣ちゃんが、それがきっかけでデートに誘ってくれるなどということは起こらないとわかりつつも、それでも不断の努力で朝ドラについて書き続けるのです。